2020/03/25『ゼロを取り戻せ』

この時世、こと国難とも言える騒動と直面してしまうと、なにか天からの「警告」ではあるまいか?などと考えてしまいます。

わたしのように五体満足、さして悩みもなく、のほほんと生きている者でさえ、窮地を感じてしまうのだら、病に伏せる方や経済に困窮なさっている方はさぞお辛く、不安多き日々を送っておられることでしょう。

「生き急ぐ」という言葉があります。命を無駄にするな、丁寧に生きよ、という意味で使われることが多いと思います。この情報過多、そして飽食時代、この言葉を当てはめると、昔のそれとは少し違うような気がします。

例えば、食品について。よく「季節感がなくなった」、いわゆる「旬」が消えたと言われます。それはなぜか?と突き詰めると「常に口にしたい」という欲望からです。

またコンビニなど24時間、四六時中営業をしています。営業しているということは、こちらが求めているのです。しかしよくよく考えてみたら、わたしを例にとりますと、年に何回深夜に足を運んでいるだろうか?でも「ないと不便」と勝手に決めつけ、開いてるのが当然だと思い込んでいます。

インドの哲学書を読んでみますと、インド人の思考でもっと大きな発明は「ゼロ(0)発想」とありました。ゼロがあるか「始め」があり、ゼロがあるから「終わり」が生まれた。単純なことですが、これは人類にとってすごく大きな「気づき」です。

雑談の中で、友人が「24時間営業の居酒屋って誰が利用するんだろう?」と投げかけてきました。そう問われると、わたしは利用したことがないので「むむむ」となるわけです。すると「いつ、片付けや掃除をしてるんだろう?」と友人は続けます。「そりゃ、特別なシステムで清潔を保ってるんだよ」と答えましたが、友人いわく「なら、閉店してからのほうが効率良くない?」と笑うのです。なるほど、いつしか日本人にはインドから伝来したゼロの発想を忘れ、エンドレスの渦中に生きているのかも知れません。

先日、所用で朝5時前のコンビニに入った時のことです。女性の店員さんと目が合ったので「おはようございます」と挨拶をしたらキョトンとされたのです。一瞬、外国人かな?と名札を見ましたが、日本人の名字でした。「いらっしゃいませ」は発しても「おはようございます」は出てこない。夜通し働いたその店員さんには「朝が来た」という感覚がなかったのかも知れません。

間を持つことが怖いということは「休む」という感覚を失ってしまうことです。密着、密接を避けて解放をしましょう……それこそ、ゼロを捨てて、始めと終わりを無くして休むことを忘れた日本人へと天からの警告ではないでしょうか。いろんなご意見はあると思いますが、わたしは「朝7時〜夜11時」とうたう看板に戻すほうがやっぱり健全なような気がします。

 

〇2年かけて、実際に四国88カ所をお遍路しながら収録した法話ラジオです。耳を澄ませば、季節を感じることも出来ますよ。耳からお遍路してみませんか?→ 『きくへんろ。